ピンが見えないボーリング

From:長嶋雄二

「このLP、どう思う?」

先日、友人からそんな質問をされました。

それは自社リストに向けて
フロントセミナーの販売を狙っていたLPだったんですが、
なんか、ピンとこない感じ。

なので、僕が気になる部分を指摘して
「もっとこうするといいよ」的なことを
軽くアドバイスしてあげたのですが…

そのとき、すごく自分でも不思議な感覚が
ちょっとあったんです。

それは、、、「俺、意外といいこと言うじゃん」ってこと(笑

ちょっと、寒い感じになってすいません。

でも、ここ1年くらいですが、
人の書いたコピーをレビューする機会が増えていました。

そうした機会が増えたおかげもあって、
自分でも気づかないうちに、
レビュー力が上がってきていたんです。

レビューって、自分がする側になると
その難しさを痛感します。

というか、、、いろんなことを考えるものです。

当然、自分が理解していないことは言えないし、
自分の中で腹落ちしていないと
胡散臭くなってしまい、なんか違う感じになってしまう。

だから、レビューすることって
すごく自分の力を磨いてくれるわけです。

『レビュー=人に教える』ってことですが、
これが一番自分を成長させてくれるっていいますよね。

それはやっぱり、レビューすること(人に教えること)で、
自分の考え方や経験値を「言語化」できるようになるからだと思んです。

正直なところ、以前の僕は
人のコピーを見ても、

「何か違うな〜」とか
「なんとなく微妙」とか
「まぁ、いいじゃんない」とか

そんなことしか言えませんでした。

それは結局、何がダメで、どう考えるべきなのか?
といったことを自分も理解していなかったし、
それを言語化できていなかったからです。

でも、「何か違うな」という感覚を、、、

・これはこういうところがダメ。なぜなら…だから。
・ここは、こういう考え方がいいよ。なぜなら…だから。
・例えば、こんなふうにしたらいいよね。

そんなふうに、伝えられるようになったのは、
間違いなく、言語化できるように
なってきたからなんです。

先述の友人へのレビューも、
以前なら、、、

「何となくヘッドが胡散臭いよね。
 なんかもっと、いい感じのコピーにしたいよね」

といった、超絶曖昧なことしか
言えませんでした。

でも、そうじゃなくて、
例えば、、、

「このヘッドが胡散臭く感じるのは、
 訴求しているベネフィットが明らかに
 信じられる線を越えちゃっているよね」

「もしこれが本当なら、
 “驚異の”とか怪しい修飾語を使ってないで
 具体的な数字を使ったり、

 もっとインパクトのある名詞を
 リサーチして見つけたほうがいいよね」

という感じで伝えることができます。

なので、これはコピーに限ったことじゃないですが、
レビューをする側に回るってことは、
もの凄く自分を磨いてくれるってことに
改めて気づけた出来事だったんです。

やっぱりレビューする側って、
何気ない一言に大きな責任が伴うから
結構、ビビっちゃうというか、
嫌がる人って多いと思います。

でも自分自身のレベルアップのためには
やっぱり、人のレビューをすること。
人に教えることって、最強の手段ですよね。

ちなみに、レビューは受ける側にとっても
かなり大きな価値があるとも思っています。

例えば、セールスライティングでいうなら、
確か、マイケル・マスターソンが

『レビューなしでセールスレターを書き続けるというのは、
 ピンがカーテンで隠されて見えない
 ボーリングのようなものだ。

 音はするけど何本倒れたかとか、
 どのピンが倒れたのかが全くわからない。

 つまりフィードバックがない状態だ。

 そんな状態では、当然、
 スキルアップすることはできない』

と、言っていました。

ぶっちゃけ、レビューを受けるのは
精神的にシンドかったりする。

それに、自分なりに考えてものを
ある意味否定されるので、腹が立つこともある。

自分からレビューを求めたくせに
心の中で「おめぇには言われたくないよ」と
反発してしまうこともある。

でも、、、
レビューを受けないってことは、
スキルアップを放棄するようなもの。

だからこそ、もしあなたが普段、
誰かのレビューをしたり、レビューを受ける環境がないのなら、
ぜひその環境を整えてください。

レビューをするのも、受けるのも、
それだけ大きな価値があるってことです。