セールスライターの存在意義

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@富山県の自宅より

みなさんはどんな時に自分自身の存在意義を感じていますか?

  • 心から感謝された時
  • 大事な相談をされた時
  • 愛しい子どもの目一杯の笑顔を見た時
    etc…

色んなシーンでふと自分自身の存在意義を感じたり、そのことに満たされたりということを無意識下でも感じているのではないかと思います。

実は先日、そんな「存在意義」についてふと考えることがあったので、今日はそのことについて書きたいと思います。

はじまりは突然に・・・

昨年末からあるプロジェクトに関わっているのですが、私はずっとセールスライターとして裏方で仕事をしてきました。

日々取り組む色々な施策へのライティングは、どれも初めての分野ばかりで、とてもエキサイティング。

このテーマで、この納期。マジか。。。

と10円ハゲができそうな夜を過ごしたこともありますが、確実にその1回、1回で学び、気づき、今の自分の限界、課題、を得られるこのプロジェクトにとても情熱を持っています。

しかし、つい先日持ちかけられた突然の話に私は、

「!?・・・・」

とかたまってしまったのです。

分不相応

その話は、今月開催からいよいよ本格的に動きだすプロジェクトの事前研修会で行われる講義の一部分で講師をして欲しいという依頼。

詳細は書けないのですが、内容は国際的な分野に関する非常に専門的なもの。

そして、私にはその3部構成の冒頭を担って欲しいとのこと。

理由は、先月研修会参加予定者の前でした自己紹介が良かったからお願いできたら。とのこと。

いや、でも、しかし、、、

大切な冒頭、そして私よりも明らかに。というか私は精通していない中、優秀な方達が他にいらしゃいます。

そして更に、その講義を受ける方達も博学で非常に能力の高い方ばかり。

その中で私が今から、その専門分野の精通者になって講義をするのは明らかに「役不足」で「分不相応」

しかし、「いや、深井さんなら大丈夫です。」と依頼者は全く不安なしで満面の笑み。

どうするこの状況・・・

私はここまで動員や巻き込みに全力を注いできた自分が、この冒頭講義を務めるにあたっての「存在意義」に向き合うことになりました。

あなたは誰?

「存在意義」に向き合い始めた私は、「自分が何者であるか?」。

ポジショニングに目を向けました。

明らかなことは私はその分野の知識者ではない。
半月で全力で学んでも知識者には及ばない。
→ 得意分野ではない

つまり、講義を受ける方達の前に、彼らよりも知識を持った者というポジションで立つのは違う。

ならば、強みであり、彼らに価値を届けることのできる自分は「何者か?」
考えた先の答えは一つでした。

セールスライター

そう。私が影響を及ぼすことができるのは、強みを活かすことができるのは、彼らの知識を深めることではなく、彼ら自身が自らの意思で

  • その知識が必要だ!
  • それを学ぶのは今だ!

という感情を起こしてもらい、からっからのスポンジが水を吸い上げる直前のような状態でそのあとの精通した講師に渡すこと。

その為にセールスライターとしてセールスライティングのスキルを用いること。

それのみでした。

全部捨てた

この判断がつくまでに必死に連日したリサーチ。並行してそこから作成を始めていたスライドのほとんどは、スライドのページの表面上は殆どが必要なくなりました。

ストーリーボードを一から見直し、ライティングし直し出した時の私は、年末に今年こそは捨てるぞ。と覚悟を決めて処分した時のすっきり感でした。

かつての自分ならば、「ああ、せっかく時間をかけてリサーチしたからできれば使えたらなあ。」と不要な感情に足を引っ張られたかもしれませんが、この辺りを「スッキリ」して、フォーカスすべきところにフォーカスできるようになったと捉えられるようになったことは大きなギフトです。

(正確にはその瞬間は「もったいない」という感情が生まれても、それを俯瞰し解決できる状態」と言えるかもしれません。)

戦うべき場所

存在意義とは、ある種戦うべき場所とも言い換えられるかも知れないと私は思いました。

そして、価値を最大限に提供し尽くせる場所。

その日、その場所、その案件でセールスライターとしての存在意義は何か?どこか?

そして、その目的は?

セールスライティングが社会に提供できるものは、まだまだ私には計り知れないからこそ、全力を尽くし続けます。

PS

あなたが目指す”セールスライター”とは?に今一度向き合うにはこちら