公開日:2018/08/09

たった一度の夏だから

こんな言葉を聞くと、なんだかいてもたってもいられなくなるのは私だけでしょうか?

学生時代に抱いた同級生への淡い恋心。
思い切って行動に移せなかったことを悔やんだあの夏。

思い切り派目を外しすぎて痛い目にもあったけど、今の自分を作ってくれてる最高の夏。

忘れられない、夏、夏、夏。

四季ある日本の中で、夏の「たった一度」感は私にとって特別です。

・たった一度の春
・たった一度の夏
・たった一度の秋
・たった一度の冬

あなたはどうでしょうか?

それでは、今回はそんな「たった一度の夏」感についてのお話です。

なぜ、衝動に駆られるか?

どうして「たった一度の夏だから」にアクションを起こさせる力があるのかを考えてみると、

「たった一度」には損失の恐怖感や、「現代広告の心理技術101」(ダイレクト出版)で言う所の独占性と限定性のワンツーパンチがあり、

また、

「夏だから」。これは考えてみると物凄くパワフルだ。なぜなら、これをやったらどうなるだろうか、失敗はしないだろうか、何か他にも方法はないだろうか、買おうかどうしようか、さてはてどうする?自分!

という自分の心にそっと許しを与えてくれるから。そう、「夏じゃないか」と。そしてそれを決断した自分にその後何があろうとも、自分にも友達にも「だって夏だったから」という説明がたってしまう。

こう考えてみると、「たった一度の夏だから」はワンツーパンチをかましてきた後に許しまで与えてくれていたのかとライターとしてとても感慨深いです。

落ち着いて考えてみると、春夏秋冬全てが1年にたった一度なのに、すっとその言葉を差し出されると納得してしまうパワーがあり、

コピー機の列に並んでいる人に行ったという有名な実験にも通じるところがある。(自分もコピーを取りたくて並んでいるのに「コピーを取りたいので先にコピーを取らせて下さい。」というとなぜか人は納得して先に取らせてあげてしまう。というあれです。)

ではなぜ、夏が特別に感じるのか?

それは、幼少の頃や、学生時代、そして社会に出てからも「夏」が他の季節よりも特別な季節だと感じるのは、「挑戦の記憶」があるからではないかと思います。

夏休みの自由研究。それまでやったことのない工作を一生懸命に挑戦する夏。
高校球児が全国1に挑戦し、熱い闘いを繰り広げる甲子園の夏。
普段はほったらかしの家族の笑顔が見たくて旅行の企画に挑戦する夏。

そして、挑戦の先には必ず、ワクワクしてこれまでの自分よりも一段先のステップに立ち新たな一歩を踏み出している自分がいました。

これまでの自分と決別して、それまで困難だったことを乗り越え輝けるのが「夏」なのかもしれません。

あなたの夏はどんな夏?

私は今年の夏、次のステップに行くためにある企画を通じ、ロシアの人たちと過ごすことにしました。

それは、ライターにとって無意識化で持ってしまっている固定概念は不要で、どれだけそのコピーを受け取る人の感情をその人以上に感じられるかが、一流のライターとして必要だと考えるからです。

そのためにはより多くの感情、価値観、背景を机上論ではなく実際に体験すること。これ以上のものはないでしょう。

初めての試みで、本当にそれをやって効果があるの?という躊躇は当然私にもありましたが、過去の経験者が口を揃えて太鼓判を押してくれたので、それを聞いて私の迷いはなくなりました。

仕事、プライベート、趣味、娯楽、何でもいいと思います。あなたはこの「夏」、これまでの自分を乗り越えるために何に挑戦しますか?

シェアしてくれると嬉しいです。

PS

あなたがセールスライターとして抱える壁を乗り越えるためには、もしかしたらこちらが役にたつかも知れません。